昭和20年の広島を描いた映画「この世界の片隅に」片渕須直監督インタビュー この世界に生きる、人の心の力とは?

このエントリーをはてなブックマークに追加
SUB3_0358_s
▲作中で描かれる当時の広島の街並みと、主人公のすずさん。

■すずさんや我々が生きる世界と、人の心の力とは?

――「この世界の片隅に」は、71年前の広島を舞台にされていますよね。ウルトラJでも、今年優勝した広島東洋カープのことを紹介したり…

片渕:(がっくりとうなだれて)あっ、でも…

――僕も応援していたんですが、日本シリーズで惜しくも……! 

片渕:そうなんですよね……。

――その広島には、ロケハンなどで訪れていると思うのですが、初めて広島の地を訪れた際の印象をお聞きしたいなと。

片渕:初めて行ったのは、「マイマイ新子と千年の魔法」を広島のサロンシネマさんっていう映画館でかけてくださるという時です。舞台挨拶に行きますというようなことを言っていたら、たまたまTwitter上で、くぼひできさんという児童文学作家でありサブカル的なことを若い人を集めてやっていらっしゃる広島の方とお知り合いになって、「自分も若い人集めて観に行きます」って言って頂いて。なので、一番最初の広島の思い出っていうのは、広島にいる人たちともの作りを、お互いに観る・観せるという立場ではありますが、共有するっていうことだったんですね。くぼひできさんは、今もこの映画を支援する呉・広島の会っていうのに入って頂いています。

なので土地っていうよりは、人との縁として始まったんですね。そのサロンシネマさんも、その時にお目にかかった方々が、同じグループの中心館である八丁座っていうところでこの映画を上映してくださるということになって。最初から人の縁に恵まれたので、そこばっかり目に入ってきましたね。そのときはまだ原爆ドームとかのほうには行かなかったんですよ。

2回目に行ったのが廿日市市で、(原作マンガを手がけた)こうの史代さんの「夕凪の街 桜の国」「この世界の片隅に」の原画展をやっていて。そのときには自分たちで(本作を)手がけようと思っていたんですけど、最終日の閉館ギリギリに駆け込んで、そこでこうのさんの原画展示を見て、ああ作りたいとかこう作りたいとか思いました。その頃から、すずさんの声は誰にしようとか、その場で言っていたのは覚えています(笑)

――まだのんさんに出会う前ですよね。

片渕:あの頃は2010年だから「あまちゃん」もやってないですね。2回目に行った時の帰りに廿日市から広島駅まで出て、電車の中から原爆ドームを初めて見ました。それで「ああ、この場所なんだな」と思って、本当にいろんなことがあったところでもあり、すずさんたちが訪れた場所でもあるっていうことが同時に2つ重なって見えてきて、現実の風景も見える中で、いろいろ感じたのは覚えていますね。

――戦時中の広島や呉の街並みを今回の映画の中で、出来る限り再現して描いていますよね。なくなってしまったものと、原爆ドームのように残っているものがあると思うのですが、戦時中の面影みたいなものはやっぱり残っていましたか?

片渕:けっこう残ってはいるんですけど、やっぱり街中を歩いて見てびっくりするのは、神社やお寺が新しいってことなんです。お墓だけ墓石を立て直したところはあるんですが、焦げてたりするんです。ただ、「この世界の片隅に」の冒頭で、すずさんが中島本町っていう今は平和記念公園になっているところを歩くんですけど、そこではなくなった街並みを出来るだけ再現しようと思いつつ、原作でもすずさんが歩いている通りの先にある「大正屋呉服店」っていうのを、わざと出したんですね。なぜわざと出したのかというと、ここは爆心地から170mしか離れていないにも関わらず、現存して今でも(建物を)使っているんです。

――建物が残っている?

片渕:鉄筋コンクリートは、原爆でもほとんど耐えてて。この建物は、広島平和記念公園のレストハウスになっているんです。良い公園で、すごく平和に暮らせる感じがするんですが、ちょっと喉が渇いたらそこに入って日差しを避けてアイスクリームを食べたり、飲み物を飲んだり出来る場所なんです。2階には広島フィルム・コミッションが入ってて、自分たちの基地にもなるっていう(笑)

――いいですね(笑)

片渕:大事なのは、その建物は今でもあって、行けば前に立つこともできるし触れたりも出来るんですよ。その建物1個しか残ってなくて、周りは芝生や木立になっているんですが、そこにかつて建っていたたくさんの建物、商店を僕たちは画面の中で描いているんです。その1つが今も建っていて、すごく実感が得られるということで、その周りにあったものも本当だったんだなと思って頂けるといいかなと。なので、できるだけ今でも建っているものは、画面に収めようと思いました。

――実感というところで、監督はすずさんという人が映画の中で確かに生きているということを強くおっしゃっていますよね。今回の取材をさせて頂くにあたりまして、「アリーテ姫」と「マイマイ新子と千年の魔法」を改めて観させて頂いて、3作に共通するところがあると思いました。監督ご自身は意図されて作られていましたか?

片渕:「アリーテ姫」の終わりの方で、「1000年前のことですら思い出せる、千年の魔法」っていうのをたまたま出したんですね。それは、心の力は1000年生きている魔法使いが自分の子どものころを思い出せるっていうように、人の心にはすごい力があるのよ、という話として出したんですけど、まさか次に手がけることになった作品で、(「マイマイ新子と千年の魔法」の)原作者の高樹のぶ子さんが「千年の魔法」っていう言葉を使ってらっしゃるとは思わなかったんですよ。

――あっ、そこは実は偶然なんですね。

片渕:なんですけど、でも同じように新子ちゃんが住んでいる防府の国衙っていう土地は、1000年前には周防の国の都だった。それを想像して心の中で思い浮かべてみたら、とおじいさんに言われるときに、それが原作の高樹さんの小説以上に自分の中の新子を刺激して、新子にさまざまな1000年前にあっただろうものを見せるんですね。それは、原作にはなかったおおよそ1000年前にその土地に住んでいただろう、清少納言の少女時代の面影だったりするわけなんですけど。でもそうやってみると、「マイマイ新子と千年の魔法」で描かれている昭和30年とか、それよりもっと昔の時代っていうのは、(作り手の)僕らから見るとアリーテ姫や新子が1000年前を想像するのと同じように、新子の子ども時代(の街並み)を想像したりするわけですよね。

そういう意味で言うならば、これは映画の中に留まらないのではないかなと思ったんですよ。70年ちょっと前のすずさんの時代を、今いる僕らがありありと思い浮かべるということは同じだろうなと。そもそもアリーテ姫の言った「心にはそんな力があるのよ」っていう言葉。映画と映画の外にある、実際にその土地に行ってそこに立ってみれば、70年前の姿も思い浮かべられるかもしれないっていうことが、実はすごく一貫しているんじゃないかなと思うんです。僕らは映画だけ作っているよりも、もうちょっと外まで拡張できるものとして作っている気がして。なので、すずさんに実在感があるとよいなと思っているというよりも、僕らは本当にある街を歩いている人としてイメージしています。実在感が、どんどん自分たちの中でも育っていったんですよ。

――その実在感というものを、映画を通じて感じることで、それこそ1000年先にも続いていくのかなと思いました。個人的には、「千年の魔法」という言葉が意味するものと、実感性というところが共通していると思いました。

片渕:映画をご覧になってから広島や呉に行かれると、これがアリーテ姫の言っていたことかと、分かると思います。映画をご覧になって、(情景を)思い浮かべながら行くと、こういうことなんだなって。

――そうですね。最近流行っている聖地巡礼とはまた違った…

片渕:ちょっと違いますね。聖地巡礼は、ほとんどその土地の現在の風景が作品の中で描かれているんですね。行くとその風景が実際に見れるよ、というものなのですが、僕らのやっている「マイマイ新子と千年の魔法」にしても「この世界の片隅に」にしても、その場所は実在するんですけど、そこへ行っても映画の中と同じ風景が見れないんですよ。もう時の流れの向こうに行っちゃってるんですけど、でも映画を介在させて見ると、その土地に立った時に、昭和30年の世界であり、昭和20年の世界が、現実の世界の上に二重写しになって見えるんじゃないかなという気がするんですね。

――ぜひ映画を観て、すずさんがたしかに生きていた場所に行って…

片渕:すずさんは今91歳のはずなので、どこかですれ違えるかもしれないし。ある人はカープが負けて悔しがってるって言ってましたけど(笑)

――「くやしかねぇ!」って言っている(笑) すずさんはカープの歴史も、弱いころから応援して…

片渕:全部見てるはずなんです。

――主演されているのんさんが、東京国際映画祭の舞台挨拶で「生きるということに涙があふれてくる作品です」とおっしゃっていて、僕は作品の本質はそういうことなのかなって思っているんです。感動して、悲しくて、うれしくて涙を流すことはあるんですが、純粋に生きているっていうことに、心震えて涙が出てくるというのが、この作品なのではないかなと思っていて。そういう意味で、アニメーションで映画を作られている監督にとって、生きるということは、どういうことなのでしょうか?

片渕:実は「アリーテ姫」っていうのは、自分でこうありたいっていう人生を歩めないように仕向けられてしまった少女が、自分が本来思っていた道を取り戻す、あるいはそこへ歩みだせるっていうところまで行って、そこから彼女は頑張って進んでいく自己実現の話だと思うんですね。そのあと「BLACK LAGOON」(※4)っていうのをやったんですよ。東南アジアの犯罪者の街にさまよい込んでしまって、そこの一員となってしまう日本の若いサラリーマンの主人公が、日本で勉強していい学校出て一流商社に就職して、そういうところに自己実現があると思ったらまったく反対のところに行ってしまう。そういう人生だってあるし、犯罪者になってしまう人もいるし、不慮の事故で亡くなってしまう方もいるだろうけど、そういう人生だってちゃんと1つの人生なんだなと思って見なければいけないかなっていう気が、「アリーテ姫」をやった結果として、自分の中に生まれてきたんですね。

おそらく、「この世界の片隅に」では、自己実現っていうものが、すずさんが求めようと思ったところには見つからないんだと思うんですよ。じゃあそこで終わりなのかというと、そうではなくて、その先にまだ彼女は別の自己実現を見つけることができるんじゃないのかっていう話だと思っているんですね。そういうことではないかと思うんですよ。それが生きるということではないかなと。

――ありがとうございました。

CIMG8154_s

目を閉じて、心の中で空想をすることは、誰でもしていると思います。実は、一歩外に出て、この世界を見つめる先にも、人は世界を描き出すことが出来る――。笑って泣いて、そして生きる力を感じることができる映画「この世界の片隅に」。ぜひ劇場でご覧になって、広島の街を訪れてみてください。そこには、きっとすずさんがいるはずです。

原作:こうの史代(「この世界の片隅に」双葉社刊)
監督・脚本:片渕須直
キャスト:のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世、牛山茂、新谷真弓/澁谷天外(特別出演)
音楽:コトリンゴ
キャラクターデザイン:松原秀典
プロデューサー:丸山正雄・真木太郎
アニメーション制作 MAPPA/プロデュース GENCO
後援:呉市・広島市
11月12日(土)より、テアトル新宿、ユーロスペース他全国にて公開!
公式サイトはこちら

※1:「怪奇大作戦」や「ファイヤーマン」などの円谷プロ作品に出演した俳優。「帰ってきたウルトラマン」では、坂田健役を演じる。
※2:「シン・ゴジラ」や「新世紀エヴァンゲリオン」の庵野秀明監督は、片渕監督と同じ1960年生まれ。
※3:松竹、東宝、大映、新東宝、東映の5社が、専属の監督や俳優の引き抜きを防止するために結んだもの。
※4:2006年に放送された、広江礼威原作のTVアニメ。のちにOVAシリーズも発売された、片渕監督の代表作の1つ。

プロフィールPROFILE

ウインダム山田

セブン上司の筆頭カプセル怪獣(という名のパシリ)として今日も今日とて日本全国いいとこ探し! 旅行・グルメ・伝統工芸・映画・アニメ・特撮などなどの魅力をお伝えするのが使命!

前の記事へ

【1986年の岡山城】「晴れの国おかやま」が岡山県の標語に 「岡山城」50年の歴史を振り返る・その21

【1986年の岡山城】「晴れの国おかやま」が岡山県の標語に 「岡山城」50年の歴史を振り返る・その21

次の記事へ

【岡山グルメ特集】アンテナショップの売れ筋商品 こだわりフルーツのコラーゲンゼリーを食レポ!

【岡山グルメ特集】アンテナショップの売れ筋商品 こだわりフルーツのコラーゲンゼリーを食レポ!

関連記事RELATED ARTICLE

「生きるということに涙があふれてくる作品です」 のんさん主演のアニメーション映画「この世界の片隅に」

【3分でわかるプロ野球】苦難あり伝説ありの60年以上の歴史を誇る広島東洋カープ 

【3分でわかるプロ野球】広島東洋カープの優勝を勝ち取った、帰ってきた黒田投手と躍動する若手選手たち 

【3分でわかるニッポンの伝統工芸】広島:広島仏壇

【3分でわかるニッポンの伝統工芸】広島:熊野筆

【3分でわかるニッポンの伝統工芸】広島:福山琴

【3分でわかるプロ野球】野球好きウルトラJライターが語る! 日本シリーズ優勝大予想!

あの海中に立つ大鳥居に隠された日本一とは? 広島の「イチバン」なスポット3選

三原やっさ祭りはもうすぐ開催【8月12日~14日】!火渡りもある広島の「ウルトラな祭」5選

キーワードKEY WORD