【ウルトラマンを沖縄から読み解く】第2回 大人をも熱狂させた『ウルトラセブン』の誕生

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▲1967年に放送開始となった『ウルトラセブン』より

「日本本土と沖縄の懸け橋になる」一人の少年が、大きな志を抱いて、海を渡って東京にやってきました。1954(昭和29)年。終戦からまだ9年、アメリカの統治下であった沖縄から、パスポートを持って日本“本土”にやってきた15歳の少年。金城哲夫――後に「『ウルトラマン』を生み出した男」と呼ばれることになる人物でした。

彼は東京の玉川学園の高等部に入学し、玉川大学卒業後、一旦は沖縄に帰郷して沖縄の歴史を題材にした自主映画を撮影しますが、円谷英二監督に出会い、1963年、運命に導かれるように円谷プロに入社しました。円谷プロの企画文芸室長となった金城氏は、1966年、『ウルトラQ』『ウルトラマン』でメインライターを務め、立て続けにヒットを記録。いずれもテレビ界に金字塔を打ち立てる番組となったのです。

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▲1966年に放送開始となった『ウルトラQ』より

そして、ちょうど今から50年前の1967年。『ウルトラセブン』は誕生しました。ベトナム戦争がソビエト連邦とアメリカの介入によって泥沼化し、第三次中東戦争も始まり、一方で米ソによる宇宙開発競争も過熱し続けていた時代。『ウルトラセブン』では、前作との差別化をはかるために「巨大ヒーロー対怪獣」という図式にはとらわれない新たなコンセプトデザインとして、実際の社会背景を取り入れる試みが行われました。

「恒星間侵略戦争が起きている、宇宙戦争時代」を舞台に、侵略者宇宙人から地球を防衛する「ウルトラ警備隊」と「ウルトラセブン」というフォーマットを生み出し、いわば「宇宙戦争活劇」としてのジャンルを確立したのです。そうなると、主人公の活躍する「地球防衛軍・ウルトラ警備隊」は『ウルトラマン』の「科学特捜隊」のようなアットホームな雰囲気の組織ではありえなくなります。『ウルトラセブン』が大人をも考えさせるハードで重厚な作品になったことは、この設定からも決定づけられていたのだと言えるのかもしれません。

金城氏が筆をとった『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』が、かつてないヒーローとして人々に愛されたのは、おそらく、M78星雲出身の宇宙人でありながら、地球のために戦うヒーローの視点に、アメリカ占領下の沖縄で生まれ育ち、“本土”の東京で青春時代を過ごした金城氏自身の視点が投影されていたからではないかと言われています。

次回では、その金城氏が生み出した、『ウルトラセブン』の中でも、最大の「傑作」に迫ります。

編・文責/ウルトラJ編集部

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