【ウルトラマンを沖縄から読み解く】第5回 ニライカナイのウルトラセブン

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▲『ウルトラセブン』第49話「史上最大の侵略(後編)」より。

子どもたちに大人気だった、『ウルトラセブン』も最終回を迎えました。1968年9月8日、第49話「史上最大の侵略(後編)」。そこでは、地球が最大の危機に見舞われ、モロボシ・ダン=セブンも瀕死の重傷を負いピンチに立たされます。そして意を決したダンは、アンヌ隊員に自分の正体を告げ、「大切な仲間を救う」ために、死ぬと分かっている戦いに向かいます。ウルトラマンシリーズ屈指の名シーンです。戦い終わったセブンは、物言わず空へ去っていきました。

『ウルトラセブン』最終回を書き終えた後、しばらくして金城哲夫氏は円谷プロを退職。1969年の日米首脳会談をきっかけにはじまる、沖縄の本土復帰を見越して、自らの故郷・沖縄へ還ります。1972年。沖縄は日本に復帰。正式に、ここに“沖縄県”が復活しました。

沖縄には、日本の他県にはない、独自の文化と歴史があり、沖縄にしかない伝統や価値観があります。しかし、それは本土から見た場合には歴史的繋がりや本土文化との共通点も多く、「異文化」とも「地方文化」とも、どちらとも区分けしきれない、とても特殊な立ち位置にあると言えるかも知れません。

沖縄には、遥か南方にあるとされている常世の国「ニライカナイ」の伝承があり、そこから豊穣をもたらす神が訪れるという信仰があります。この「ニライカナイ」こそが、M78星雲のイメージ元だったのでは? という説もあります。私たちは、金城氏の筆を通じて、そんなニライカナイからやってきた、沖縄の人々が信仰してきた「まれびと」という存在と出会ったのかもしれません。

沖縄に生まれ育ち、東京で青春時代を送り、数多くの名作を世に送り出した金城哲夫氏は、「沖縄と本土の架け橋となるため」という志を胸に沖縄に戻りました。その後、沖縄海洋博のセレモニーの演出や、沖縄演劇の復興、テレビ出演など、精力的に活動していましたが、今から40年前の1976年2月26日、志なかばで、事故により亡くなりました。37歳の若さでした。

金城氏が『ウルトラセブン』などの作品に込めた、本当のメッセージは何だったのでしょうか。『ウルトラセブン』放送開始50年、金城哲夫氏没後40年を迎え、私たちも今一度、そこに思いを馳せてみてもよいのかもしれません。

「ウルトラマン」「ウルトラセブン」のメインライターを務めた金城哲夫氏、そのルーツとなる「沖縄」。50年を経た今だからこそ、改めて振り返る意義があるのではないのでしょうか。

編・文責/ウルトラJ編集部

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